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ごくつぶしぶろぐ!

Gokutsubushi's Blog

新学期、軍事パレードと天津

新しい学期が始まった。
新しいクラスと新しい人間関係。

新しいルームメイトはフランス人。

いままでイラクラオス赤道ギニアと変遷してきたけれど、今回のはなんというか変化球だ。
仲はいい。奴はヨーロッパ人のくせ英語があまり得意でなく、もちろん僕よりは断然上なのだが、なんとかいい感じのゆっくりしたコミュニケーションが取れている。

奴はテレビが好きで、部屋にいるときはだいたい点けているのだが、今の中国のテレビには少し問題がある。
9月3日の抗日戦争勝利のパレードの報道は、日本にいる方でもイヤでも耳に入ってきたことと思う。
それと関連して、最近の中国のテレビ番組は抗日一色なのだ。
3日前後はすごかった。ほんとうに24時間全チャンネルで抗日ドラマと抗日ドキュメンタリーしかやっていなかった。僕などは不覚にも心震えた。これが社会主義かと。93年生まれの僕が21世紀の世に社会主義というものを肌で感じることができるなんて。

天津の事故からは未だ一月も経っていない。
100人という単位で人死にが出て、まだ原因も充分に説明されておらず、倉庫の安全管理の問題性やプロの消防士が多数犠牲になった体たらくの責任の所在もはっきりしないまま、この国のテレビ局はその報道の機能を停止した。
パレードはつつがなく終了した。国連事務総長も出席して、習政権としては大いに面子が立ったことだろう。パレードの日は北京の工場が操業停止命令を受け、「閲兵藍」と言われる抜けるような青空がにわかに現出した。

フランス人だからか知らないが、奴はなかなかにシニカルだ。テレビに10分おきに日本人兵士の役が(もちろん間抜けに描かれている)出てくるのを見て笑い、こちらに話題を振ってくる。もちろんこちらも笑って応じる。おかげで我々の会話は絶えないから、中央電視台には感謝しなければならない。

だけど、抗日ドラマを見てルームメイトと歓談しながら、本当は胸中おだやかではなかった。まったく笑えない。

抗日ドラマが滑稽なのはいい。僕もフランス人も中華人民共和国のテレビ局がどういうものなのかはわかっている。

フランス人がシニカルなジョークを好むのもわかっている。さすがシャルリーエブドの国だ。抗日ドラマを見て、日本の戦争責任の話をバンバン振ってくる。それも構わない。僕もEUの難民受け入れの話を振る。侵略と植民地支配の歴史に関して言えば、日本などフランスの足許にも及ばない。我々はけなし合っているのではなく、対等に会話している。毎日時事の話をして、今では奴とはけっこう仲が良い。

僕がどうしても許せないのは、中国のテレビがパレードに合わせて報道の役目を放棄したことだ。これはほんとうにおそろしい。
天津の話をしなくたって、中国国内では毎日誰かが死に、何かが発生しているたろう。それを報道することを一日であれ停止するということを僕は理解できない。僕がはじめて体験する全体主義だ。

もちろんニュース自体はどこかのチャンネルで放送されていただろうと思う。だけどあの日以降、国民のほとんどは天津のことなどすっかり忘れている。今ではニュースサイトに事故の続報など全く出てこない。ネットにはパレードに関する書き込みばかり。


日本では安保関連法案反対のデモが盛り上がっているらしい。警察庁は9月11日の震災4年半の節目に合わせて被災者の統計を再度出している。日本では軍事パレードや天津の忘却とちょうど逆の現象が起きているみたいだ。
天津の事故を軍事パレードのナショナリズムで塗り潰す中国を見て、それから日本のニュースを見て、僕はいま日本に生まれてよかったと心から思っている。