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ごくつぶしぶろぐ!

Gokutsubushi's Blog

受験勉強だけはやったほうがいい

昔から生きるのが下手だった。

 

注意力がなくてボーっとしているから道を覚えられないし、人の顔や名前も覚えられないし、周りのみんなの会話に参加することもすごくむずかしかった。

体も弱かった。病気はしないが、とにかく乗り物に酔う。いまでも調子が悪いときは車に乗って30分やそこらで耐えられなくなって吐いてしまう。遊園地のアトラクションなど楽しめたことは一度もない。

体の動かし方がわからなかった。上手に歩いたり、ものを運んだりすることが当たり前のようにはできなかった。体育の授業など地獄だった。先生の動作を目で見て真似することができない。周りのみんなが当たり前のようにやっているのを見てすごいと思った。

何もかもが下手だから、何かをするのが怖くてもっと下手になっていった。何かを始める前から尻込みして断念してしまうし、なんとか始めてみても結局てんでダメですぐに退散してしまう。

 

昔から、今でも、疑問に思っている。

ほかのみんなはどうしているんだ?みんななんで当たり前のようにできるんだ?みんな本当にすごいと思う。当たり前のように道を覚え、車に酔わず、思うように体を動かす。俺には本当に難しいことなんだ。どうやっているのか、わからない。

 

俺は何もできなかった。

人は何もできないと生きていけない。

仕事の話ではない、精神の話だ。何もできないと思っていては、とてもじゃないが生き続けていくことなどできない。人が生き続けるためには、自己を肯定するシーンが必要だ。なんとか他人に承認され、自己を肯定しなければならない。

 

こんなにつらい人生をこれからも続けていくために、何かひとつ、何かひとつが必要だった。俺は何もできないが、何かひとつ自己を肯定するに足る事実を、ずっしりと重い事実を打ち立てれば、まだ生き続けられると思った。

 

それはまず学歴だった。

すこし受験勉強の話をしたい。中高生にぜひ言いたい、受験だけは頑張っておけと。あれはやればほぼ確実に結果が出る。もちろん学習に障害を持つ人もいることは理解しているけれど、ほぼ全ての人が努力によってどこかに到達できるシステムだと思う。

 

俺は勉強した。集中力がないから死ぬほど頑張ることなどできないが、中学から高校までそれなりに努力した。必死に思考し、具体的な目標に向かってボールを投げた。数学は全くできない。いくら努力してもできるようにならなかった。だから諦めて、私大を目指すことにした。目標は上智大学。正直、早慶はしんどそうだった。行けないこともないが相当しんどい。だからそれより一段易しい上智、努力すれば行けそうな、それでいて決して安易ではない地点を目的地に設定した。

学問研究は誰にでもできるものではないが、受験勉強はかなりの部分が努力でなんとかなる。とにかく具体的な目標とそこまでの道筋が確立できていれば、スケジュールを組んで、現実的な量のトレーニングをこなし、合格点を取ることが可能だ。

 

最も必要なのは危機感だ。落ちるやつには危機感のないやつが多い。その点、俺は受験というイベントに対して人一倍危機感を持っていた。浪人だけは絶対にありえない。もう一年もらってモチベーションが続くわけない、成績は確実に落ちるし、なにより一年の間に気持ちが落ちていくに違いない。親の金でもう一年など精神がもつはずがない、必ずどこかで失速する。うつ状態になりやすい俺にとって、同学年の友人たちと一緒に勉強し、一緒に進学することは絶対必要条件だった。

自分を肯定するために、どうしても上智には入りたかった。上智に落ちたくなかった。だから、より遠くにボールを投げることにした。上智を狙えば手前に落ちる可能性も少なくないが、それより遠くに投げれば上智の線を越える可能性はより高くなる。よって私大では早慶レベル、国立では一橋レベルを想定した勉強をすることにした。これも危機感の問題だ。絶対に上智に落ちないために、むしろ早慶に受かるように準備を進め、上智を滑り止め程度に思うように心がけた。

矛盾しているように思われるかもしれない。なにせ早慶がキツイといって上智を目標にしたのに、上智に受かるためにまた早慶を目指すというのだから。だけど、少なくとも俺の精神世界においては、ただ単に早慶を目指すのとは天地の差があった。わかってもらえるだろうか。早慶を目指していると、その問題を解いたり判定を見たりするのに一喜一憂してしまう。だが上智を見据えつつ早慶に向かってボールを投げれば、早慶が困難に思えるときも平静を保ったまま上智というホームに帰ることができるのだ。そして帰ってきたホームは格段に簡単で心地よい。精神の在り方がとても大事だ。

 

最も大事なことは、勉強をし続けることだった。当たり前だが俺は勉強もできない。何もできないのだから勉強もできない。できないことをやり続けるのはつらい、なんとかして続けられるようにしなければならない。

数学は特に壊滅的だった。だから考えた結果、つらくて苦しい数学2Bを一切やらないことに決めた。一橋は放棄し、国立は1Aのみで行ける筑波にした。こうやって難易度を下げられるのが遠くにボールを投げる作戦の美点だ。

周りの友達が2Bをやる中、俺は1Aだけでいい。その状況は甘美だった。べつに優越感に浸っているわけではなく、ただつらい勉強が少し「楽をしている」状況に思えて、「周りより楽にできるのだからやったほうが得だ」という意識が芽生えた。こうして自分の心をなんとか支える。

集中力がないから何時間も勉強を続けられない。そのときは我慢せず、楽しいことだけをした。世界史関係の動画やwikiをひたすら見る。とにかく2chは封印。

つづく